Kirschbaum

ハマっているモノについて徒然語るblog

Fate SS・長い休み

インターネットアーカイブから過去のWebサイトを発掘したので、ネットの海に消えたはずのSSを少し掲載しようかと。
このSSの執筆はFate/stay night発売後、Fate/hollow ataraxia発売前に執筆した物(時期的に2004年のはず)なので、今現在のFate界隈の設定とは乖離がある可能性があります。
内容としてはUnlimited Blade Works Trueエンド後を描いています。

また、誤字脱字は当時のままにしておりますので、そこらへんは見逃していただけると。



====  卒業式は恙無く終わった。
 閉会の挨拶を教頭がした後に、卒業生数人が壇上に乱入し、自分が慕い敬っていた教師や友人に対する告白をする、というハプニングはあったものの、それすらも感動に一役買っていたのだから、特に注意する教師もいなかった。
 桜が咲くのはまだ遥か先。けれど私は、今日この日から、学院生ではなくなった。

長い休み

 卒業をしてからというもの、倫敦へ行くための準備にほとんどの時間を費やされた。
 士郎はもう準備を終えたらしく、久しぶりに彼の部屋に行って荷物を見てみたら、それはボストンバック一個分。まぁ、男の子は女の子に比べて荷物は少なくなるものだけれど、それにしたって少なすぎる。
 朝から晩まで愛用の香水やシャンプーなんかの買いだめに行ったり(だって、向こうで売っているとは限らないし)、新しい服を買いに行ったり、向こうの人間となるために文化を勉強したりして時間がなかったりしているのに、なんなんだろう、この少なさは。
 なんか無性に腹立たしくなって、彼の顔にストレートを決めた。尻餅をついた士郎に対して、スカートの中身が見えないようにストンプを連続してお見舞いする。「イタイ、イタイ! 遠坂、ロープロープ」なんて言ってるけど、止めてなんかやらない。女の子の気持ちを一年経っても理解しない朴念仁なんて、体中に足の形の痣をつけてしまったほうが良いのだ。
 出発の二週間前には、大体片付いた。その数、大型のトランク二つ。それ以外の小物なんかはダンボールに詰めて飛行機便で送れば済むし。住む場所は時計塔の宿舎になのだから、基本的な家具や生活必需品は既に備え付けられている。
 実際、一度倫敦へ渡った際に宿舎の部屋を見てみたのだが、一般的な感覚からすればそれは宿舎とは呼べないような調度品にあふれていた。ダイニングに備え付けられたテーブル。絶対に向こうの有名ブランド品だ。中古でもン十万とかするから、傷をつけないようにしないと。
 その後の二週間をどう過ごすかを考えながら、衛宮邸へ至る坂道を上る。桜はもう満開で、道上には桃色の花びらが絨毯のように積もっていた。このあたりの桜は、一体どれくらいの年月を生きてきたのか、見当もつかない。
 なんだかんだ言って、一応表向きは美大に進学する事になっている私は、それなりに絵画の方も出来る。といっても、その道に進む為に努力をしている人達から見れば、てんで雛の実力だけれど。それでも、今この美しい情景をキャンパスに描けるようならば、きっと素晴らしいんだと思った。
 色々考えながら歩いていたら、門をとっくに過ぎてしまった。慌てて引き返すと、ばったり士郎と会ってしまったり。
「あ、え?と。おはよう、士郎」
「あぁ。おはよう、遠坂。だけど今、家を通り過ぎなかったか?」
 何でこんなときだけ鋭いんだろう、士郎は。考え事をしていたから通り過ぎちゃった?、テヘ。じゃあ、私のプライドが許さない。許さないけれど、それが恥ずかしいから顔が赤くなってしまう。自分の中の何かがかけてしまったような感覚。この一年近くで、私は嫌というほど経験させられている。
「気のせいよ、気のせい。たぶんね」
 赤い顔を悟られないように、勝手知ったる士郎の家に乗り込んだ。

 

「あ、遠坂先輩。おはようございます」
「おはよう、桜」
 引き戸を開けて玄関で靴を脱いでいると、桜が出迎えてくれた。最近の桜は妙に元気が良い様な気がする。私も時たま学校に顔を出しては、弓道部の練習風景を見ているけれど、笑う回数が多くなってる。慎二から桜に対しての虐待を聞かされたときは、本気で士郎は怒っていたけれど、彼もその後改心して、しっかりと妹として桜を見てくれているんだと思う。
 慎二が何を見たのかは、私には分からない。けれど、私が知っている慎二をあそこまで変えたのは、並大抵の物ではないと思う。この世の中に巣食う全ての悪を内包したモノ。それはヒトによる身勝手な、そして遥かに醜い意思。その意思の塊は、死を目の前にするよりも遥かに残酷で、闇に満ちているものだったのだろう。
 自分の考えがどんなに矮小であるかを知ったわけではないのだろうが、彼は彼なりに自身以外についても意識を向けるようになったらしい。士郎は「前みたいに……いや、前以上に慎二らしくなったんじゃないか?」とか、甘い事言ってた。まぁ私も、桜が幸せになるんなら姉として嬉しいけれど。
「先輩? どうかしたんですか?」
「……ううん、なんでもない」
「お邪魔しまーす」と言ってから、廊下を通じて居間に直行した。

 

 いつもと変わらない日常の風景が、そこにはある。テレビを見ながらお茶を飲んでいる藤村先生。私と色々談笑している桜。窓からは春の温かい風と雲ひとつない空に浮かぶ太陽の光が、これでもかと入ってきて眠くなってしまいそう。
 あれ? 日常の風景にひとつ足りないものがあるような……。
「そういえば、士郎はどこ? 門の前で会ったから、てっきり私に気づいて出迎えに来たのかと思ったんだけど」
 私のその言葉に、桜の顔がムっとなる。そろそろそんな顔になるのも止めてくれないかなー。もう半年以上になるんだから。私と士郎が一緒に倫敦に行くって報告して、桜を納得……もとい、言いくるめたのは。
「先輩なら、商店街へ買い物です。遠坂先輩が久しぶりに来てくれるっていうから、腕によりをかけて夕食を作るそうですよ」
 今さっきまでの楽しい雑談から一転してつーんと膨れて、そっぽを向いて答えた。もう少し、藤村先生くらいの寛大というか、何も考えていないような性格に染色されないかなぁ、って思う。倫敦へ行くときの報告だって、二人はどちらもごねたけれど、一週間も経ったら普通に順応しちゃっている藤村先生に対して、桜は私に対する嫌がらせとして、おかずのハンバーグを黒い物体に変えたりとかしてたし。
 そこが桜らしいって言えば、桜らしいんだけれど。
「ふーん、なるほど。じゃあ、私もちょっと付き合おうかな」
「そんな、せっかく来たんですから、ゆっくりして行って下さい。先輩一人でも、買い物くらい大丈夫でしょうし」
「いや、別に買い物の心配をしているわけじゃないのよ。私が士郎と一緒に買い物をしたいだけ。駄目なのかしら?」
 ニッコリと笑って桜を黙らせる。正面きってこういうこと言うのは、あんまり好きではないけれど、相手に対して有効であればどんな手でも使うのが私。遠坂凛という人格を形成するものの一つだからしょうがない。
「じゃあ、とりあえず行って来るね」
「いってらっしゃ?い」という藤村先生の声と桜の無言の威圧を背に、私は商店街へと駆け出した。

 

 なんだかんだであまり時間がかからずに商店街に到着。この風景をじっくり眺められるのもあと二週間なのかと、すこし感慨にふけってみたりもする。
 ここは人々の生活がとても如実に反映されている。単純な繁栄の仕方では、確かに新都には及ばないものの活気が所々にあふれている。
 大声を張り上げる魚屋のおじさん然り、道端で井戸端会議をしている主婦の集団然り……。
 聖杯戦争に巻き込まれるまではあまりここには来ていなかったけれど、士郎のところでご飯を食べるようになってからは、ここに来る回数は途端に増えた。具体的に言うと10倍くらい。
 そんな活気のある道の真ん中を、士郎を探しながら歩く。見かけの割りに結構大きい商店街だから、下手をすると見えない場所にいる可能性もある。だからといってお店の前でじ?っと店内を覗くのもなんか怪しい人だし、少し立ち止まって見るくらいがちょうど良い。
 と、見覚えのある後姿を発見。どうやらこちらには気づいていないようなので、少し脅かしてやろう。
「え?っと、出来ればもう少し脂身の少ない方がいいんだけど」
「あら、そう? 私はこれでちょうどいいような気がするけど。炒め物じゃないんだから、構わないんじゃない?」
「だからってあんまり多いと逆に……」
 隣に目を移した瞬間に、動きが固まる。なんていうか、そういう反応をされるとなんとなくむかつく。
「どうかしたの、衛宮クン?」
「……まぁ、いい。じゃあ、それを600グラムください」
「まいどあり?」とおいしそうなお肉を包む店員さん。お店を離れた後に、士郎が私に変な顔をして問いかけた。
「なんで遠坂がここにいるんだ? てっきり、家で待ってるかと思ったんだけど」
「さぁ? なんででしょうね」
 もっとうまいはぐらかし方があったかな?と思うも、そこまで気の利いた台詞を言えるわけでもないので、答えた瞬間そっぽを向いた。桜の前での威嚇では言えるけれど、士郎を相手に正直に答えるとなると、少し赤面してしまう自分がいるのだ。しかたがない、惚れた弱みだし。
「まぁ、いいや。もう特に買い物はないから」
「じゃあ、ちょっとだけ私に付き合ってよ」
「別に良いけど……どこへ?」
「そこの公園がいいかな」
 私は商店街の傍らにひっそりとある公園を指差した。

 

「ん?、いい気持ち」
 公園のベンチに座り、伸びをする。衛宮家の桜はまだ満開だけど、この公園はもう散り始めている。花びらがベンチにも散っていたが、なんだか桜の絨毯の上に座るみたいだったので、そのままにしていた。砂場の花びらは無残に泥にまみれているけれど、滑り台に落ちているものはまだ桃色の美しい色彩を放っている。
 風は吹いていない。それでも、この暖かい空気の中に散る桜を見るのは、なんと風流のあるものなんだろう。
「で? なんで公園まで来たんだ?」
 隣に座った士郎が私に聞いてきた。まったく、こんな美しい世界の真ん中にいるのに、まるで興味のないような事を言うのかな、この鈍感は。
「私達がここにいるのも、もう残り二週間じゃない? だから、少しでも感じていたいのよ、この空気を」
「なるほど。確かにそれは分かるかもしれないな。桜や藤ねえなんかと食事をしているのも、あと二週間しか出来ない事だから、楽しまないと」
「……」
 本当にこの鈍感を相手にしていると疲れる。そりゃあ確かに、今まで正義の味方になる事しか頭になかった人間に、女の子の扱い方を望むのは理想が高いけれど、それにしたって一年以上も付き合っているんだし、ちょっとは気づきなさいよ、バカ。
「そういえば遠坂」
「何?」
 今までの怒りの感情を少し声に乗せた、不機嫌な声をだしてやる。でも、それに気づいていないような口ぶりで彼は言った。
「一年以上も前のことになるけど、あの柳堂寺でギルガメッシュと戦っていたとき。あのとき、アーチャーがいただろう? なんか、話でもしたのか?」
 割と昔の話を持ち出してくる士郎。けれど、決して忘れられない思い出。私と士郎の出会いの物語であり、士郎の未来の己との戦い。あの戦いの事を、こんな所に持ち出すなんて……。
「そうね、したわよ。何? まさか私とアーチャーあのまま再契約して、今も私の傍らにいるとでも思ってるの?」
 少し意地悪な答え方をする。すると士郎は、あからさまに戸惑った反応をした。こういう反応が来るから、やっぱり士郎いじりは止められない。
「そ、そういうのじゃないんだよ。ただ、お前とアーチャーってやっぱりパートナーだったわけだから、なんか最後に言う事とかあったんだろう? 別に話の内容は言わなくてもいいんだけど、なんとなく気になるというか……」
 あぁ、なるほど。つまり……
「士郎は妬いているわけだ、アーチャーに」
「あ、あー……お前がどう思おうと勝手だけど……」
 図星を突かれて赤くなる。ふふふ、私は笑いをこらえられずに笑ってしまった。
 でもね、士郎。そうやって他の男に対して妬いてくれるのが、私にとっては安心できる目印になるんだよ。
「何もなかったって言うと、嘘になるかな。あいつとはいろんな事があったけど、確かに半月の間戦ったパートナーだったから。気を失っていたから知らないでしょうけど、もう一回契約しよう、って言ったのよ」
「なっ」
「でもね、それは向こうから断られた。言うに事欠いてあいつ、士郎の事よろしくって言ってた」
 少し風が出てきた。桜の木は枝を揺らさないまでも、今までよりも何倍もの桜の花びらを舞い散らせる。
 平和なひと時。あの壮絶だった戦いが、まるで嘘のよう。
「……なんか複雑だな。俺の理想を全否定していたやつが、俺の事をよろしくなんて」
「まぁ、彼はあんたの、間違った未来の姿なんだもの。自分のことをよろしく、って言っているんだからこれからの士郎の生き方に期待しているんでしょ」
 話は終わり、と言う代りに、私はベンチから腰を上げた。
 この風景を見る事が出来るのも、残り二週間。それならば、あとの二週間は士郎と一緒に色々と楽しみたいと思う。あいつが、士郎のことをよろしくって言った以上、私は士郎に何も意味のない人生だったなんて、後悔させたくないから。
 季節は春。そして、今は卒業したとは言えまだまだ春休みだ。個人的にしたい事はたくさんある。デートでも良いかと思ったけれど、どうせなら長い休みの間にしか出来ない事でもしようか。デートなんて、向こうに渡ってからでも出来る事だし。
「士郎……旅行に行こうか。二泊三日くらいで、温泉に」
 買い物袋を持とうとした士郎が、こけるような仕草をした。
 せっかくの長い休みなのだ。それくらいしたって、ばちは当たるまい。
 何せ、これから私たちは長い間共に過ごしていく事になるのだから。

end